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値上げの勇気 ~価格を上げる側の心理~

 先日、経営相談の現場である事業者の方から「商品の値上げをしたいけれど、お客さんが離れてしまうのではないか」という相談を受けました。近頃、値上げに関する相談はとても多くお受けします。

 その方は数ヶ月間、値上げについて悩み続けていました。原材料費の高騰や人件費の上昇により、利益が圧迫されている状況でしたが、「今の価格で慣れ親しんでくれているお客さんを失いたくない」という気持ちが強く、なかなか踏み切れずにいました。

 私自身も同じような経験がありますのでとても良く理解できます。価格を上げることで顧客が競合他社に流れてしまうのではないか、売上が大幅に下がってしまうのではないか——そんな不安が頭をよぎり、現状維持を選んでしまいがちです。一方で「このままでは事業が立ち行かなくなってしまう」という現実もありました。コストは上がり続ける一方で、売上は横ばいという状況では、賃上げや設備投資も難しくなってしまいます。そんなジレンマの中で、その事業者の方は日々を過ごしていたのです。

 しかし、その事業者の方と一緒に市場調査や販売分析を行った結果、思い切って数パーセントの値上げに踏み切ることになりました。

 結果として、客数の大きな減少は見られませんでした。それどころか、わずかながら来店客数が増加しました。客数の増加は他の要因でたまたま増加したことが考えられますが、少なくとも減少がなかったということは、我々が考えていたよりも顧客に対する影響は少なかったと言えそうです。

 なぜこのような結果になったのか、後から振り返ってみました。まず、もともとの価格設定が市場相場よりもかなり安めだったということがありました。近隣の同業他社と比較すると、値上げ後の価格でも十分に競争力があったのです。実際に調べてみると、同じような商品を扱っている他店よりも、値上げ後でもまだ1割程度安い価格設定だったことが分かっていました。

 また、その事業者の方は実直に商売を続けていたこともあり、一定数の固定客を確保できていました。商品の品質に対するお客さんの信頼も厚く、少しの価格上昇では離れない関係性が築かれていたのです。

 さらに興味深かったのは、値上げによって商品の「価値」がより明確に伝わるようになったということです。価格が上がることで、お客さんが商品をより大切に扱うようになり、結果的に満足度も向上したのです。これは心理的な効果でもありますが、適正な価格設定が商品の価値を正しく表現していることの証明でもありました。

 

 今回のケースを通じて感じたのは、私たちは値上げに対して慎重になりすぎることも大胆になりすぎることも良くないということです。もちろん、安易な値上げは禁物ですが、適正な価格設定を怠ることで、かえって事業の持続可能性を損なってしまう可能性があります。

 価格というのは、単なる数字ではありません。それは提供する価値の表現でもあります。品質の高い商品やサービスを提供しているにも関わらず、価格が安すぎると、かえってその価値が正しく伝わらないことも起こりえます。

 この経験を機に、その事業者の方は新しい方向性を見つけました。単に既存商品の価格を上げるだけでなく、新商品の開発に力を入れ、価格と価値の両方を高めていく戦略に転換していくことになりました。お客さんにとってより魅力的な選択肢を提供することで、価格に見合った満足を届けようという考え方です。現在は、プレミアムラインの商品開発に取り組んでおり、従来の商品とは差別化された、より高付加価値な商品展開を計画しています。支援者側としても、値上げの成功体験が経営者としての自信につながり、新たなチャレンジへの意欲も高まったことはとても嬉しく思っています。

 経営における価格設定は、常に悩ましい問題です。しかし、適切な市場分析と顧客理解があれば、過剰に恐れる必要なないと考えます。大切なのは、提供する価値に見合った適正な価格を設定し、お客さんにその価値をしっかりと伝えていくことなのだと、改めて実感しました。

 値上げは確かに勇気のいる決断です。しかし、時には「守り」よりも「攻め」の姿勢が、事業の持続的な成長につながることもあると言えます。

今週のキャッチアップ画像

 今回の記事とは全く関係ありませんが、数十年営業されている居酒屋にお邪魔しました。値上げの記事でしたが、こちらのお店はとにかく良心的な価格設定でした。商売が成り立つのであれば、価格は安い方が利用者側としては嬉しいですね(笑)ただ、長く続けて頂くためには、適正な値上げもしてもらいたいと心から思っております。

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